7 こどもたち
どこの国に行っても一番元気なのはこどもたちだろう。
経済的に貧しいイエメンのような国においては、とりわけこどもたちの元気な声や目の輝きが目立つ。
イスラムにホームレスはいないというが、やはりいつも同じところにうつろな目をしてへたり込んでいる人を見かけもするし、経済が立ち遅れていることも明らかである。そういった中にいて、大人たちはやっぱり、ちょっと元気なさげに見えることもある。
旅の同行者であったアブラハマンや他の仲間たちは、この国が抱える問題について、おそらく親切心から、私に解説してくれた。
けっして明るくないその話題の中で、しかもそれを象徴するような光景を目撃したり撮影したりしていると、ふと出会うこどもたちの瞳の輝きに救われることがよくあった。
「瞳の輝き」などという言葉は、いままで使ったこともなかった。
自分でどこか胡散臭く感じていたからだが、イエメンで出会うこどもたちをファイダーに見ながら、その言葉が言わんとするものはこれではないかと思う顔に何度も出会った。そして、その中に将来の希望があるように思った。
しかし、その真直ぐな目が怖いこともあったりする。
日本にいても時々感じるけど、こどもたちがものすごく恐るべき存在に感じたりする。
首都のサナアに到着し、その直後から見かけたのがこどもたちの物売りだった。
普通、日本でタバコは箱で買う。
ところが、便利(?)なことにイエメンでは1本づつ買うことが出来る。
1章に書いた蒸しジャガイモを売っていたのも、同様の屋台形式で他の料理や食材を売っているのも、多くはこどもたちだった。
町の広場や道路の脇などに即席の店を構えたこどもたちが、通りがかる大人たちに声をかけ、カフェやレストランのテラスに座っている大人に、商品を並べたプレートを首から提げて近づいてくる。もちろんこどもたちばかりが商売をしているわけではないのだけど、10分も外にいると必ず何人ものこどもから声を掛けられる。
こういった一面ばかりを注視していると重苦しい空気が漂ってくるが、彼等の目はそれでも輝いていた。それは、将来は必ず良くなると確信しているような力のある目だった。一見何の根拠もないような状況でも何かを信じている人の目は力に満ちている。
こういった力を宿した目には、ムカッラやベドウィンの一族など、さまざまなところで出会った。
ムカッラでは、喧騒に包まれるフィッシュマーケットで恰幅のいい漁師たちに混じって、多くのこどもたちが合間を縫うように駆け回って働いていた。
きっと朝早くから働いているのだろうけど、彼らはぜんぜん疲れた表情を見せない。
仕事の合間に私のカメラを発見しては、「スーラ、スーラ」と、写真を撮るようにせがんでくる。そして、あっという間にこどもたちの人だかりが出来る。男の子も、女の子も本当に元気。その顔は晴れやかで、エネルギーを放出している。また女の子からは、大人になるにしたがって顔を隠す女性たちの素顔を想像することも出来る。鼻筋が通り、瞳の大きな顔立ちが目立つことからして、綺麗な人たちが多いことだろう。
一方そばにいる大人たちはカメラを見てはしゃぐ人はいないけれども、そういったこどもたちを注意するでもなく、黙々と働いている。静かにこどもたちを見守っているような空気感があって非常に安心できた。
また、ベドウィンのテントでもてなしのティーを注ぎ続けて、私を困惑せたのも瞳を輝かせたこどもたちだった。
ベドウィンの習慣だと聞いたのだが、来客のカップには常にお茶が満たされているようにするのが、もてなしの一つらしい。最初のうちは、のどの渇きもあって注がれるままにお茶を飲んでいた私だったが、あまりのしつこさにいささか閉口していた。それでも、私は注がれたら飲まなければという考えをもっていたのか、少しづつ口をつけていた。今気付いたけど、注がれた酒は飲まなければ、と思っている日本人の習性かもしれない。そしてその度にこどもたちは立ち上がり、ポットを持って私の前に座り、精一杯に高い位置から落すようにお茶を注ぐ。上手にこぼさずに、と言いたいのだけど、結構こぼれることも気にせず豪快に注ぐ。そのうちに、アブラハマンも見かねたのか、飲まなければ注がないと教えてくれた。
おっしゃるとおり、そりゃ、減っていないカップにお茶を注ぐことは出来ないですからね。しかし、それに気付かない俺も俺。そのアブラハマンのアドバイスに私は思わず笑ってしまい、周囲の人々も気付いたのか笑い始めた。そこで初めて、これはベドウィンとしてのもてなし方だからと、教えられた。お茶を注ぐ役はこどもたちがやるらしい。
本当に色んなもてなし方があるものだ。
もう少し大きくなったこどもたちは、ハイティーンから20代だが、車を運転しライフルを携えて町へ買い物に行ったり、私たち一行のような客を出迎えたりする。ラクダから4WDに乗り換えた彼等の砂漠でのドライビングテクニックはかなりのものだが、ライフルの腕前はもっとではないかと見受けられた。ライフルの腕前など測りようを知らない私の見立てだからあてにはならないが、砂漠で空き缶を的代わりの射撃の腕は見事だった。
ムカッラで、お酒を買いに闇市へ行った時だった。
第4章でも書いたことと重複するけど、少しだけ書きます。
その時は違法なものを買いに行ったのだから、それなりに緊張していた。さらにその場所は山の中腹にバラックのような建物が家や商店として並んでいるところで、ヨーロッパの都市なんかに行くと、スラム街になっているような町並みだからめったに近づいたりはしない。道は舗装されず、下水が気の向くままに道のへりを低い方へと流れていっているようなところだった。一番暑い最中だったからか、人はほとんど外にはいなくて、4、5人のこどもがサッカーボールを蹴って遊んでいた。
酒のバイヤーを呼ぶ為にアブラハマンが誰かと話をしていた直後、何人かが走って消えた。そのほとんどは10歳前後と思われるこどもたちだった。こどもたちがそういったことを仕事にしているとは想像しにくいが、その行動の素早さからして日常的なことなのだろうと感じられ、かなり衝撃だった。きっと彼らにとっては当然の行動なのだろうけど、これはまさにスラムだなと思った。
イスラムには、その強い共同体の故にホームレスもスラムも存在しないといった類の事を聞いたりするが、それでは私の見たものはなんだったのだろうかと、今でも思う。
イスラムと言っても広い。その土地も、その言葉の意味するところも、その外にいては推し量ることすら難しい時もある。様々な統計、文献をもとに多くの研究がなされているのは事実だし、現場も踏まえているそれらは間違っていないとは思う。
でもやっぱりその土地に立ってみると、何か腑に落ちないことや疑問をいだく。
そういった消化しきれない気持ちを抱えたままでも、こどもたちを見ていると、きっと将来は良くなると信じたくなる。彼らの目がそう信じているように。
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