5 ベドウィン

 マーリブという都市がある。サナアから東へ4時間ほどのドライブ。中国の援助でひかれているという道路を通っての快適なドライブだった。前章に書いた10日間の旅、最初の到着地である。
 
 紀元前10世紀ごろに栄えていたシバ王国の首都と聞く街。ビルキスという女王が治めた国である。その国は、東西の中継貿易で栄えた王国。中国、インド、そしてアフリカから香料、象牙、宝石などの貴重品をヨーロッパに輸出し、逆にヨーロッパから各国へ品物を輸出する。アラビア海に吹く貿易風を使っての商売だった。その風の存在を知らなかったヨーロッパ人たちは、シバ王国が全てを産出していると思い、憧れを抱いていたらしい。行き交った様々な商品の中でもとりわけ莫大な利益をもたらし、シバ王国の名を彩ったのは乳香の存在だった。妖しい香りを放ったそれは、多くの王侯貴族を虜にし、金以上の価値を持って取引された。それらの貿易を独占していたのだから、この王国の繁栄の程は想像に難くない。
 残念ながら、今はかつてと違った場所にマーリブの市街地はあり、ニュー・マーリブと呼ばれている。反対に昔のそれはオールド・マーリブと呼ばれ、その全てが廃墟となっている。

 山岳地帯のサナアに比べ、ここマーリブは砂漠に近いだけに昼間の熱さも半端じゃない。風は無いのに、妙に砂埃が気になる。停滞した空気が身にまとわりついてきて、部屋の窓を閉め、冷房を全開にした。
 そこに突然の声。
 「オールド・マーリブへ行ってみないか?」
 アブラハマンが元気に飛び込んできた。
 マーリブに到着した私たちは、明日からベドウィン(遊牧民)と砂漠を横断することになっていた。この旅の目的の1つがベドウィンだった。
 ニュー・マーリブにはこれといって見所もなく、ダムや神殿の遺跡でも見に行こうかと漠然と思っていただけだった。しかし、彼はオールド・マーリブにはまだ家族が暮らしていると言う。廃墟になっている街に暮らしている家族に強い関心を抱いた。
 ニュー・マーリブから車で10分ぐらいだろうか、砂漠の中にぼんやりと小高い丘が見えてくる。そこが、かつて繁栄を極めたと言われるオールド・マーリブ。
 そこへ至るまでにもダムや神殿跡と思われる遺跡がゴロゴロしている。時間の流れに晒されてきたことにくわえ、この辺りも内戦の舞台となり、破壊されたまま手入れが殆どされていないことが原因でもあるだろう。ところどころで車を止めながらアブラハマンはカートをほおばっているせいか雄弁に様々な解説をしてくれる。
 徐々に前方の小高い丘がくっきりと視界に入ってきた。遠目にも崩れているとわかる建物がたくさんある。丘の麓で車を降りた。ディーゼルのエンジンを切ると砂漠を渡る風の音だけしか聞こえない。静かである。アブラハマンをはじめ、皆何かに圧倒されるように押し黙ってしまった。傾きかけた太陽に照らされて、かつてモスクだったと思われる廃墟の柱が静かに立っている。沈黙を守ったまま我々は、崩れた建物が並ぶ道を登って行く。私は一人脇に逸れ、思うに任せながらシャッターを切り始めた。
 アブラハマンも何もしゃべらず、私の見える範囲に一定の距離を置いてついてきている。
 「イメージを邪魔しないようにしていた。」と、後で聞いた。
 瓦解した町並みの中に、話に聞いた家族がいた。探し求めていた人に出会ったような安堵感、幸福感。女性ばかり6人に出会った。2人は祖母と母親だろう。まだ幼い子供もいる。中の1人がカメラに興味を示していた。
 「スーラ?」アラビア語で写真という意味。サナアでは子供たちがこの単語を連呼しながら付きまとってきて大変だった。イエメンに来てから覚えた単語の1つ。
 10歳くらいだと言うこの少女を撮ることにした。「10歳くらい」と言うのは、多くの人は自分が何歳かを正確には覚えていないからだ。大体、年齢など知らなくても大した影響はないだろうけど、日本人からすると不思議なものだ。
 少女をファインダー越しに見つめながら、遠く昔に意識が飛んでいった。かつての女王はどんな暮らしをここでしていたのだろうか。
 ニュー・マーリブの町並みには緑が結構あった。比較的地下水に恵まれているらしい。砂漠の中のオアシスなのだろう。ということは、このオールド・マーリブにも、かつては緑が覆い茂っていたに違いない。水のあるところが栄えていくのだから。
 自分が勝手に色んな想像に身を任せていただけなのに、少女が長い歴史を越えて様々なことを教えてくれたような錯覚に陥っていた。

 いよいよベドウィンの待つ砂漠の中へ入って行く。
 イエメンの地図を見るとマーリブから更に東へ砂漠を越えて進むとサユ−ンという町がある。その砂漠にベドウィンがいる。1泊の予定だったので、その分の食料をマーリブで買い込んだ。
 ホブス(パンの一種)やフルーツが多かったが、一番印象に残っているのはスイカ。楕円形の形をしていたように思う。
 このスイカがどうしても食べたかったと思われるアブラハマンは、ひときわ熱心に砂漠の暑さをしゃべり、いかに水分の補給が大切かを説いた。食べたいなら正直に言えばいいものをと思いつつ購入した。もちろん水も買い込んだ。懐かしい氷屋さんに売っていそうな巨大なブロックの氷。氷を包んだタオルでも首に巻いていないと、砂漠の昼間はとても過ごせない。
 砂漠に入るにはさらにボディーガード兼ガイドが必要だった。これまたランドクルーザーで登場した彼らに先導されて砂漠へ入っていった。砂漠と言っても砂の海ではなく、その大半は乾燥して異常に固くなっている土地である。ひたすら平らでどこまでも続き、しかし暑さのため地平線は歪んでしまって・・・。そんな土地をひたすら5時間・6時間と走る。360度がそんな土地。今どこにいるのか、いったいどっちの方向に向いているのかもよく分からなくなってくる。
 もう走っていることすら忘れかけ始めたころ、突如と言っていいような感覚で砂漠が現れる。一般的にイメージするであろう砂の海である。鳥取砂丘のあれである。これが今までの土地と大きく違って、めちゃめちゃやわらかく、崩れ出すと止まらない。水が高いところから低いところへ流れるように、さらさらと軽やかに崩れ続ける。
 私を楽しませようとしてか、2台のランドクルーザーは砂の丘を登っては降り、又登り。前後、左右に大きく傾き、そのままズルズルと滑り落ち。そんなことを楽しんでいるうちに案の定、タイヤが砂に埋もれた。まるで台本があるかのような、あまりにそのままのハプニングに全員がまた笑い楽しんでいた。
 ガイドの車に助け出され、彼らと一緒でよかったなどと言いながらベドウィンが待つテントを目指した。

 ベドウィンのテントの出現も砂漠のように突然だった。
 何もない、土地と空、厚さにゆがんだ地平線、他には本当に何もないところにそのテントはあった。テントが3つにランドクルーザーが2台。現代のベドウィンはラクダをランドクルーザーに乗り換えたらしい。
 大きなテントに迎え入れられ、我々が持っていった食材と、彼らの食材とが振舞われた。テントも頑丈なビニールで出来たもので、とっても近代的。テントの壁際に中心を向いてあぐらをかいて座っていく。足元には絨毯が敷かれ、肘置きなる物も置いてある。それぞれが思い思いに足を崩しながら、目前に提供される食材に手を伸ばし、お茶を飲み、どこから来たかとか、どんな暮らしなのかとかいったことを話していた。
 20歳そこそこという男2人は「セリーヌ・ディオン」の曲が大好きで、自分たちの車でも大音量で聞いていた。週に1回くらいは近くの町へ買出しに行くという彼らの話は、年代も近いものがあって楽しかった。
 でも、なかでも目を惹いたのが家長の存在だった。この一族のボス。3時間あまりを過ごした中で、殆ど体勢を変えることもなく時々会話に参加し、後はお茶を飲みながら穏やかな表情でそこにいただけだった。それでも今もかなり強烈な印象を残している。殊更に主張しないけれども、確かな存在感をそこに放ち、力強い。
 
 現在、イエメン政府をはじめとするアラブ国家のベドウィンの認識はおもしろい。
 彼らの生活はもともと移動することで成り立っている。国家という概念が生まれる前から、そういった文化を培ってきた彼らの移動範囲は国境に縛られたりはしない。それを十分に理解している政府は彼らがアラブ首長国連邦に行こうが、オマーンに行こうが、自由であると考えている。だから彼らの乗っている車のナンバーはイエメンの物でもなく、どこの国のものでもない。いわばベドウィン仕様のナンバープレートなのである。そういった彼らの生活スタイルを尊重する代わりに、国家としての一切の保障を彼らには与えないというやりとりが成立している。
 イエメンにとどまらず、周辺の各国にも先祖はベドウィンであるという人々が多い。だから、こういった政策が成立するのだろう。人の、文化の存在に対するアラブの成熟した考え方の一面に触れた気がしてうれしかった。

 夜はテントの近くでは休めなかった。
 一族の女性のテントがあるからだ。客であろうが、一族以外の男性が身内の女性の近くにいることを彼らは極端に嫌う。要らぬ誤解が生まれる可能性をあらかじめ排除するという発想かもしれないが。
 その為、我々は車でしばらく離れたところへ行き、車の中や屋根の上で寝ることにした。真っ暗になった砂漠で火を囲み、コーヒーをすすったりしながら食事を取った。一見何も生物などいないかのような砂漠でも、比較的涼しい夜になるといろいろと出てくるらしい。危ないから車の上が一番安全だということで、そこで休むことにした。ライフルを持ったボディーガードたちは、盗賊に備えてと隣の車の屋根や運転席にいたが、朝には皆眠り込んでいた。
 マーリブに生き、繁栄を極めたビルキス。砂漠を舞台に今も日常生活を送るベドウィン。現代に時代を移し、同じ土地に暮らす人々に接するたび、かつてそこに暮らした人々へ思いを馳せる。いつしか旅のスタイルの1つになってしまったけど、不思議と一番落ち着き、イマジネーションを湧かせてくれる。彼らがこれからも自分たちの文化を大切に生活していけることを願って止まなかった。

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