3 観光フォーラムの功罪

 サナア近郊の山岳地にシバームとコーカバーンがある。山岳部族の暮らしを見ることが出来る村として有名。
 朝9時に町を発ち、山岳地帯への道を1時間ぐらい走る。車窓からの景色でもカメラに収めようと思い、コンパクトカメラを窓から出していた。
 突然、ドライバーのアリーが叫んだ。
 「No photo!」
 打楽器を中心としたイエメン音楽が充満していた車内に緊張が走った。
 かなり前方に軍隊のゲートが見えた。旅行者に対するコントロールが厳しくなっていることはエージェンシーで聞いていた。もちろん、軍関係の施設などに対してカメラを向けることが要らぬ誤解を招くことも承知していた。
 だが、軍のチェックを受けるという経験は初めてである。だから、郊外への日帰り旅行などという私の中にあったピクニック気分は一気にどこかへ消え去った。
 「待っていてくれ。」
 ゲートに着き、ドライバーのアリーは軽い調子の言葉を残して、兵士達のいるテントへ入って行った。

 「いったい私はこの間何をしていたら良いのだろう。」
 「荷物のチェックなどもあるのだろうか。」
 さまざまな疑問が浮かんでは消え、また浮かぶ。不安と言っても良いだろう。
 未経験のものに出くわした時、人間は恐怖や不安といった感情を抱く。それに駆られて行動を起こすと、ろくなことにならない。
 先走って考えず、相手の求めることがわかるまでじっとしていようと決め、助手席に居心地悪く座っていた。
 30分程が経過。アリーが戻ってきた。アラビア語が中心の英語で事情を説明してくれるが、いま一つよくわからない。とにかくこのままでは通過できないらしく、ツーリズム・オーソリティに行くという。私には何か出来そうもないので、彼に任してみることにした。
 その事務所に着いて驚いた。観光客がたくさん待たされている。こんなにもこの国に外国人が来ていた事に驚き、これは一日仕事だろうなという感情が出てきた。湧き水のようにこんこんと身を満たしていくその感情は怒りや焦りではなく、あきらめだった。「またか、どうせ。」と言ったものである。
 一般に事務手続きというのはどの国でも時間のかかるイメージがある。その上ここがアラブであることを考慮すると、ヨーロッパあたりより時間がかかると考えるのが自然のように思われたからだ。
 ところが予想に反して30分とかからず、その手続きは完了した。考えてみれば、ただパスを取得するだけだから、確かに時間を要するものではない。しかしこの時は、アリーが私に代行して手続きをしたのとイエメン人であったことが功を奏したようだ。先に待っていた白人たちをそのまま残し、私たちは事務所を後にした。
 意気揚々とゲートへ向かった。今度こそシバームへ行けると、私はもちろんアリーもそう言った。
 ところが、である。また30分ほども待たされ、答えは「ノー」の一言。
 全く分からない。なぜだろうと考える私の横で、私よりもアリーの方が落ち込んでいる。
 何だかかわいそうになり、「またチャンスがあるよ。」などと、励ましたりする。「何で俺が励ましてんだ?」と思いつつ。
 しかし、私を連れて行くために一所懸命兵士に掛け合ってくれたことに感謝し、彼に対し強い信頼を抱きもした。
 イエメンは日本の外務省が観光旅行等延期勧告を発している国の一つである。ドイツ人、アメリカ人、イタリア人などが身代金目的で誘拐される事件が、98年中に続発したからである。
 私が最初に渡航しようとした時期が、これら誘拐事件に重なった。知人の働く旅行会社からも延期を勧められ、しぶしぶ半年待った経緯がある。
 誘拐事件を起こすのは主に部族の人間で、それは身代金目的であることが多い。部族の活動資金が、ある隣国から出ているなどの発言も耳にするが、イエメン政府の政策の恩恵を受けない山岳部族の自己主張であるところが本当のようだ。
 よって、誘拐された観光客が殺害される可能性も低いのだが、少しでも可能性のある国へわざわざ行く動機を持つ者はそう多くはないであろう。
 そう考えるとイエメンの観光客が減少するのは当然の結果なのだが、この国では死活問題として論じられている。
 イエメンはこれといった産業を持たない国である。隣国であるサウジアラビアやオマーンのように大量の石油を産出するわけでもなく、かといってヨルダン、シリア、エジプトなどのように観光客が押し寄せる国でもない。
 だが、政府はこの国を観光国にしようと考えている。私もこの国を訪れて、イエメンは観光国として発展する素地があると思う。
 世界遺産に登録されているシバーム城壁都市、部族の生活が残る山岳地帯、緑豊かな農業地帯、美しい紅海が広がるビーチ、そしてベドウィンの暮らす砂漠。
 この様に豊かな地形を有する国が、魅力的でないはずがない。誤解を恐れずに言ってみれば、日本よりもバラエティーにとんだ地形を楽しめる所である。
 ただ、残念なことにテロ事件が度々起こることも事実。これが政治絡みのものであれば、その安定と共に落ち着くのであろうが、山岳地帯に住む部族が身代金目当てに行うものなので事態の予測が立ちにくい。
 私などのように運を天に任せてなどと、開き直って出掛ける人ばかりではないであろうから、この国が観光国として世界に認知されるには、テロをいかに防ぐかが大きな問題であろう。
そこで、「観光フォーラム」なるものが開かれた。首都サナアにて開催。アメリカのヒラリー(元)大統領夫人をはじめ、先進国政府要人が一堂に会しての視察である。つまり、先に書いたような誘拐事件などが、この先発生する可能性の有無を探りに来たということなのだろう。
 私がなぜこのことを書くかというと、シバームに行けなかった原因がこのフォーラムにあるからである。別に怒っているとか、根に持っているというわけではない。このことがさまざまなことを見聞するきっかけになったのが大きな理由だからである。
 軍のゲートを通過できずにエージャンシーに帰ると、マネージャー以下従業員全員が固唾を飲んでテレビに見入っていた。そこに漂っていた空気といったら、戦争でも始まったのか、大統領の暗殺かと想像を巡らすほどの重いものだった。つまり、ものすごい緊張感が張り詰めていたのである。
 恐る恐る部屋に入った私が、「軍のチェックポイントを通れなかった。」というと、それは当然だといった意味の言葉が返ってきた。
 「当然?何が当然だ。」と怒鳴りたくなるのを抑え、「なぜ?」と聞いてみた。
 極力穏やかに聞いたつもりだったが、朝の時点では知らなかったのだといった意味のお詫びの言葉が返ってきた。そして、フォーラムの警備のために多くの軍隊が出動し、観光客といえどもむやみに動き回られては困るというのが通過できなかった理由だと説明された。
 それ以降、生中継を見ながら、観光フォーラムが自分たちにどういった影響を与えるものかといったことに始まり、外国人を巻き込んだ事件以来、自分たち観光業の人間がどれだけ大変だったかといった話までが、昼食を取りつつ、お茶を飲みつつ、カートをやりつつ、2時間ほどにわたって繰り広げられた。
 その間に、サナア大学の講師や警察幹部など、マネージャーの顔の広さを示すかのように様々な来客があった。どうやらフォーラムにまつわる情報交換のためらしい。
 日を改め、彼らと出掛けた。マネージャーからのプレゼント。観光フォーラムの影響で思うように行動できなかった私を気の毒に思い、普通は行けないところに連れて行ってやろうとういことらしかった。
 まずはシバームへ。カーテンの引かれた黒塗りのセダンに乗せられ、つい昨日来たばかりのチェックポイントに向かう。
 「多分彼らは君の顔を覚えているだろうね。」
 後部座席の私の隣に座ったサナア大学講師が呟いた。
 「そりゃ、そうでしょうね。昨日の今日だし。」みたいな返答をすると、運転手だった警察官もそのとなりのマネージャーも同時に笑った。これでもし通れたら、かなり凄いことだなと思いつつ私も笑ったが、やはり通れなかった。

 昨日とは違い、この時は「じゃあ、ほかへ行こう。」といった感じで引き返した。軍隊も仕事だし、仕方ないかといった空気だった。
 ただ、ここからはほとんど違法なことばかりではと思えることだらけだった。いったい彼らは一日本人になぜそれほどのものを見せたのか今も不思議なぐらいである。
 まず、サナア近郊に位置するブドウ畑に赴き、なんとワインを飲んだ。私だけでなく、訪れた全員である。
  すべての飲酒が禁じられているイスラムの国で、中でもイエメンは比較的厳格だと聞いていた。なかには外国人向けにアルコールを売っている一部の高級ホテルはある。しかし、同行した大学講師によると、ここではサナアに暮らすイスラム教徒向けにワインを製造しているというのである。最後に「違法だけどね。」と小声の説明がついてきたが。
 この後、サナアの人たちの飲酒状況を知ることになるのだが、それは後に記そうと思う。
 次に訪れたのはミイラが多数発掘されたという山。そこはシバームというのだが、この地名は何ヶ所かあるようで、先述のものとは違う。
 シバームというのは「山」という意味だと聞いた覚えがあるのだが、確かな記憶ではない。
 ここへ来るのにもチェックポイントがあったが、軽い挨拶だけで通過。「そんなものなのか?それでいいのか?」先に行った所とはずいぶん違うものだった。
 ここでは禿山の壁面に穴が点在し、そこからミイラが見つかるという。実際の歴史的、学術的価値というのは知らないが、ミイラが出るのであれば、それなりに意義のあるものと思われる。
 ところが、麓にはライフルの市場があったり、石炭製造の作業場が存在する。そういった山を背に、その存在に気付かないかのごとく暮らしている彼らに「人」を感じた。
 私と共にワインを飲む彼らの姿にも同じようなものを感じたのだが、何と表現したら伝わるのだろうか。
 人間の力ではどうしようもない絶対的なものというのがあると思う。自然、宗教、運命。人によって様々であろうが、何かしらの力を感じる時があると思う。それを感じる瞬間と日常のギャップ。一方に時や空気を越えるものがあり、他方に、その存在を知りつつ時に畏怖の念を抱きつつも、わずかの時間を満たそうとする情念がある。
 いかに矛盾を抱えた存在であることか。
 ライフルの売買に熱中している彼らの後方に佇むシバームを眺めつつ、そんなことを思った。

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