2 男性の象徴
古着のジャケット。その下にはワンピースの服。腰には刀を差している。
サナア近郊を中心とした地域で、目に付く男性の典型的格好。
イエメンの刀。日本刀をイメージするとかなり違ってくるが、サバイバルナイフを幅広にした感じとでも言おうか。腰に巻かれた幅広のベルトにJの形の鞘を付け、腹のところに差している。
ことさら注意して見ずとも、自然に目に飛び込んでくるほどに目立つ姿である。多くの男性はワンピースの服にそれを付け、上に羽織ったジャケットの間からのぞくようにしている。
現在ではロシア製のライフルが自由に買えるこの国で、ジャンビアに武器としての価値はない。せいぜい紐を切るのに使う程度。
サナア周辺の地域を外れるとジャンビアをつける習慣はなくなり、肩からライフルをぶら下げているのが目に付くようになる。$200〜$300で購入できるというそれは、サナア付近でもジャンビアに代わって一人前の男の証になりつつある。
部族単位で政府と対立している彼らにとっては伝統や誇りの象徴よりも、すぐに自分たちに力を与えてくれ、身代金をもたらしてくれるライフルの方がありがたいということらしい。
それでもサナア周辺の男たちが、ジャンビアをいつも身につけているのにはちゃんとした伝統があるからだ。
それをつけていることは、部族民の戦士であり、誇りを持っている証なのである。だから女性や子供はジャンビアを差すことは出来ない。つまり、一人前の男の象徴なのである。
サナア市内のスークを歩いていると、ジャンビアを売っている一角が見つかる。同時に製造もしているそこには、色々と種類もあり興味深い。
私のような観光客が買う安いみやげ物から、年代物の由緒正しき謂れのあるものまで様々である。歴史のあるものは数千万円と聞き、自分の外貨計算を疑ったりしたが、帰国後調べてみるとどうやら本当である。
この話を耳にした時、にわかに信じられなかったのは、どれであれ素材の価値に大差はないように見えたからである。その価値を知った今でも、他の物価に釣り合わない値段には驚く。しかし何はともあれその価値を決定付けるのは、それぞれの柄に付いている文様であるらしい。
代々伝わるジャンビアを持つ家では、その文様が日本でいう家紋になる。それがお爺さんからお父さんへ、さらに子供へ孫へと伝えられる。
日本語でこのようなものを表現するなら家宝。彼らにとっても同じ意味であろう。ただ、日本の家宝の多くは床の間に飾ってあったり倉庫に眠っていたりするのだが、イエメンのそれは誇らしげに腹の前で存在をアピールしている。
そのジャンビアなくしては、成立しないものがある。
ジャンビアダンス(Photo
1,Photo
2)と呼ばれる伝統的踊り。数人でジャンビアを片手に振りかざし、太鼓のリズムに合わせて踊る。
それは戦いを表現する。数人が互いにすれ違ったり、時に追いかけたり、くるりと回ったりといった動作を思い思いに組み合わせ構成していく。それは誰か一人が残るまで続けられる。
つまり、最後まで踊る体力を持つ者が、戦いの勝利者になる。
ある月曜日にワディ・ダハ―ルへ行った。ジャンビアダンスは通常ではイスラムの休日である金曜日に行う。だがこの日、少数ではあったがサナア郊外の岩壁の並ぶこの地に集まり、踊りを楽しんでいた。
格好の被写体と思い、早速撮影していると、お前も踊りに加われの言葉。
いきなりの申し出に戸惑っていると、カメラに手が伸びてきた。私は何事かといぶかしんでいたのだが、そんな私の動揺など意に介さず笑みを浮かべ、俺が写真を撮ってやるの一言。
有無を言わさぬ勢いに圧倒され、踊りに加わった。年長らしき者を真似ながら踊る。見よう見まねで、相手がジャンビアを振りかざせば私もそれに応じる。相手がくるりと回転すれば、私も。ぎこちなさが取れ、コツをつかむと自分から回転してみる。相手はそれに返して、今度は逆回転。そんな応酬をしているうちに、年配の者から落伍者が出始めた。
5分程が経っただろうか、少年と思える者と二人になった。まわりからは歓声。私が回転するたびに声援が飛ぶ。日本からきた青年に頑張れと言ってくれているのだろう。
しかし、休みといえばゴロゴロ、ブラブラしている私などが、目の前で身軽に飛び跳ねている少年に勝てるはずなどない。先に動きを止め、もうだめだとポーズを取った。
皆が寄ってきて握手を求める。初めてにしては上手だ、お前は強いだとか、今日からムスリムだなどと言い、とりあえずは私の踊りを認めてくれたようだ。
なんとも表現しがたい嬉しさだった。今までろくに話もしなかったドライバーのアリーなども、「本当に日本人か、お前はムスリムだ。」などと目を輝かして言ってくれる。非常な充実感。そして、何かこみ上げてくるものがあった。
こんな経験をした週の金曜日、タハリール広場をガイドのアブラハマンと二人で歩いていると、とても私などが参加できそうにない真剣な雰囲気を漂わせたジャンビアダンスに出会った。
私が参加したものは、時々のアドリブで楽しむものだった。この時目撃した踊りは、その正式な形ということになるようだ。
ステップが決まり、振りが決まり、曲の長さが決まっている。もともとこの踊りは各部族によって、事細かに曲から踊りの一挙手一投足まで決まっているものであるらしい。
タハリール広場で出会ったものは、まさにそれであった。踊っている者も、それを取り囲んでいるものも、その眼差しは真剣そのもの。それぞれの部族の踊りを披露し、その美しい統一性をもって、彼らの誇りを表現している。
その場にあった雰囲気は休日の楽しさではなく、競技の緊張感だった。だが一緒にいたアブラハマンは、はっきりと「彼らは楽しんでいる。」と言った。「enjoy」という言葉に引っ掛かった私は聞き返したのだが、彼はまた「enjoy」を少し強調して、そっくり同じフレーズを繰り返した。競技を楽しむ感覚はもちろん私にもある。多くの場合、その緊張感はむしろ心地いいものだ。しかしワディ・ダハールでの経験が鮮烈に残っている私にとって、この場の空気は馴染みにくいものだった。
「お前も一緒に踊ってみるか。」
アブラハマンに誘われたが、きっぱりと断った。
最初の経験というものは、そのもの以上に脚色され増幅されて心に残るものだから、多分に私の独断が入る。それを承知の上で言えば、「型」を重視したものも結構だが、娯楽として楽しんでいた踊りの方が私は好きだった。
この国が日本のような近代化を迎えるのはまだまだ先のことであろうが、このジャンビアダンスがその波の中でどのように変容していくのか少し気になる。その将来においても、昔の庶民の娯楽ではなく、日常の楽しみとして残って欲しい。
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